天才ではなかったことを喜ぶ

世の中には、天才と呼ばれる

人がいますよね。

 

少し違った表現で言うと、

何ら努力をしなくても、

卓越した結果を出すことができる人。

 

ということができるかもしれません。

 

ネットでの記事を見ていると、

プロ野球の清原選手は天才だった。

と野村克也さんが話をしている場面が

ありました。

 

私のような凡人。。から見ると、

天才は本当に羨ましいと思います。

 

なにせ、その才能だけで

年間で数億円稼ぐことができるのですから。

 

しかし、よくよく考えてみると、

天才であることが本当に幸せなのか?

とふと思いました。

 

少し話は変わりますが、

 

うちの子供は、小さいことを成し遂げる度に、

大きな喜びを噛み締めています。

 

何回も転びながらも、

初めて立った瞬間。

 

一人でフォークを持って

食べ物を食べた瞬間など、

 

満面の笑みがこぼれています。

 

そんな姿を見ていると、

 

人というのは、

 

何かを達成することに対する喜び。

 

を感じることが、

一つの生きる目的になっているように

感じるのです。

 

例えば、マラソンの世界を例に

考えてみましょう。

 

世界には、上には上がいますので、

オリンピックで一位になるということは、

普通に考えればほぼ不可能でしょう。

 

しかし、東京マラソンなどを見ていても、

マラソンに参加する人は後を絶ちません。

 

なぜ、一位にはなれないマラソンを続ける

のでしょうか?

 

その答えは、上述の通り、

「何かを達成する喜び」

を感じたいからと言えるの

ではないでしょうか。

 

フルマラソンのタイムが5分縮んだ。

 

この喜びを感じるために、

日々トレーニングをすることができるのでしょう。

 

そう考えると、

天才に生まれなかったということは、

ある意味恵まれている、

と言えるかもしれません。

 

なぜなら、何か目標を作り、

それを達成する喜び、を経験できる

回数が、天才の人よりも多い可能性が高い。

 

と言えるからです。

 

努力ができる状況は恵まれている、

と思いながら、

 

今日も一日頑張っていきましょう!

 

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