カフェでの少し不快な出来事。親戚自慢は自分自慢

カフェで考えることが多いのですが、

時々、少し不快な思いをすることがあります。

 

 

その一つが、親戚自慢大会(仮称)

です。(笑)

 

「私の息子が東大に入った。」

だの、

 

「娘の旦那は医者」

だの、

 

延々と自慢を繰り返している人がいます。

 

もちろん、自慢したいという気持ちは

分かりますし、

 

「息子が東大に受かった!」

と言われれれば、純粋に

「いやあ、すごいですね。その頭を

少しおすそわけして欲しいです。。」

 

と言えるのですが、

「私の息子は東大だった」

 

という事実を言われても、

正直なところ、どうとも思いません。

 

 

ここで大切なことは、

親戚の自慢をしている人は、

その親戚のことを

「私の」親戚。

 

と捉えていることです。

 

よりイメージを膨らませるために、

違う方向から考えてみましょう。

 

例えば、少し言い方が悪いですが、

できの「悪い」親戚がいたとしましょう。

 

その場合、この親戚の表現は

「私の親戚」にはならないでしょう。

 

「他人の親戚」となるのです。

 

 

つまり、人というのは、

自分にとって都合の良いことは

「私の●●」

 

と思う傾向があり、

都合の悪いことは

「他人の●●」と、

自分と他人を切り離して考える傾向があるのです。

 

 

そして、このクセを意識しておかないと、

親戚がすごい=自分がすごい。

という志向習慣に陥ってしまう恐れがあると

考えています。

 

そうすると、自分の成長はありません。

 

相手と自分を客観的に切り離して見つめる。

 

これを意識することが重要といえる

かもしれません。

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